注意点

戒名の広告が度々出てきますが、そんなものに大金を費やすくらいならば、日蓮大聖人の仏法を一人でも多くの人に語ることへ時間と労力を費やしましょう


2014年2月28日金曜日

後継 教育

●池田先生の言葉

「少子化」だからこそ、子どもたち一人ひとりに光を当て、
一人を十人にも、百人にも匹敵する黄金の人材と輝かせて
いける時代である。
社会全体が、「後継の世代の教育」という本質的な命題に
目覚めていくチャンスといえまいか。


教育と言っても様々な手段がありますので、智慧を働かせましょう!



2014年2月26日水曜日

一切 任せる

●池田先生の言葉

一切を御本尊に任せて祈るのです。
億さず、粘り強く戦うのです。


困難にぶち当たった時は御本尊さまに一切をお任せしましょう!



2014年2月25日火曜日

折伏 師匠

●池田先生の言葉

私は「戸田先生は末法の折伏の師匠である。
私はその弟子である。
ならば折伏ができないはずがない」と決めた。
その一念で、だれ人にもまさる弘教をなしとげたのです。
「畏るる所無し」です。
恐れてはならない。
恐れも無ければ、グチも嘆きも無い。
晴れやかな「強気の信心」でいくのです。
そこにこそ妙法の無限の功力が噴出してくる。


池田先生を師匠と決めれば、折伏ができないはずがありません!



2014年2月24日月曜日

一人で悶々

●新・人間革命より

学会員の皆さんが、元気はつらつと活動に励み、
幸せを嚙み締めている報告を聞くことほど、嬉しいことはありません。

 しかし、その一方で、信心を反対されて活動に
参加できない方や、さまざまな悩みをかかえて、一人で悶々と
している方のことを、どうしても考えてしまうんです。

 どうか幹部の皆さんは、私に代わって、そうした方々と
お会いし、包み込むようにして励ましていただきたい。
手を取り、時には共に泣き、同苦して悲しみを分かち合っていただきたい。
そして、真心を、全生命を注いで、粘り強く、力強く、信心の
すばらしさを、仏法の偉大さを教えてあげてください。

 そこに、民衆の蘇生があり、学会の使命があるんです。
頼みます。


見えずらいところに目を持っていくことこそ大事なんですね!



2014年2月23日日曜日

生老病死 変える

●池田先生の言葉

生まれ出ずる悩みも生き抜く喜びに変え、老いゆく侘しさも
後継を育てる張り合いに変え、病の苦しみも境涯を開く転機に
変え、死の悲しみさえも永遠に轟く凱歌に変えていける。


全ての悩みを克服していきましょう!



2014年2月22日土曜日

自分自身の宝石

●池田先生の言葉

「本当の勝負は四十代、五十代、六十代です」

「人間は一生涯、自分自身の宝石を掘り出し、磨いていくべきです」


三十代始まったばかりの人間は、まだまだこれからですね!



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2014年2月21日金曜日

生命の実感

●新・人間革命より

一つには、信心の力を痛感する、生活のうえでの体験を、
どれだけつかんでいくかです。
体験ある人は強い。
それは、御本尊の力を生命で感じているからです。

 理論的に、仏法を理解していくことも大切ですし、
それが精進の力になることも事実です。
しかし、それだけでは弱い。
頭でわかっていることと、
生命の実感とは異なります。

 剣道や柔道にしても、単に試合のルールを覚え、
練習の仕方がわかれば、それで強くなれるというものではない。

 実際に、練習を重ね、試合も数多く経験していくなかで、
“こうやれば勝てる!”“こういう場合には、こうすればよい”
ということを体で覚え、生命で感じていくことができる。
それで、技が磨かれていくんです。

 信心も同じです。体験は確信を得る直道なんです。
人生には、小さなことから、大きなことまで、さまざまな
試練や悩みがあるものです。仕事や人間関係、子育てなどに
行き詰まることもあれば、不慮の事故に遭遇したり、病で
苦しんだりすることもある。

 あるいは、“なかなか弘教が実らずに悩んでいる”という方もいるでしょう。

 そうした一つ一つの悩みや試練を、自身のテーマとして
見すえ、懸命に唱題し、学会活動に励んでいくんです。

 そうすれば、悩みは必ず克服できます。
一つ、また一つと解決していくこともあれば、大聖人が
『地獄の苦みぱっときへて』(御書一〇〇〇㌻)と仰せのように、
一挙に悩みが解決することもあるでしょう。

 また、自分を悩ませていた問題は続いていたとしても、
それに翻弄されて苦しんだり、そのことに負けたりしない自分を、
確立していくことができるんです。
境涯革命することができるからなんです。

 そうした体験の積み重ねが、仏法への確信を深め、強めていくんです。


頭でっかちになるのはみっともないですね。