こう演と申せし臣下は腹をさひて衛の懿公が肝を入れたり、
いかにいわうや仏教をならはん者父母・師匠・国恩をわする
べしや、此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ
智者とならで叶うべきか(報恩抄、御書293ページ)
【通解】
昔の中国の賢者・予譲という人は、主君・智伯の恩に報いようと
して、剣をのんで死んだ。
また衛の弘演は、主君の懿公が戦死した時、主君の恥をさらすまい
として、自分の腹を割いて懿公の肝を入れて死んだ。
まして仏法を習う者が、父母、師匠、国の恩を忘れて
よいわけがあろうか。
この大恩に報いるためには、必ず仏法の奥義を学び修行して、
智者とならなければならない。
報恩とは並大抵の努力では成し遂げられません!
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